やんちゃな息子が喜んだ本

ウチの息子たちは、本を読まない。

幼児期にせっせと読み聞かせをしたあの努力は何だったんだろう?

ところが、最近、笑いながら本を読むようになった。

ちょっと前に話題になった

ホームレス中学生 Book ホームレス中学生

著者:麒麟・田村裕
販売元:ワニブックス
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でもって、今、夢中なのが、

ぼくたちと駐在さんの700日戦争〈1〉#小学館文庫# Book ぼくたちと駐在さんの700日戦争〈1〉(小学館文庫)

著者:ママチャリ
販売元:小学館
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私まで、大笑いして読んでしまった。小5と中1の息子たちが、果たしてどの位意味がわかって読んでいるのかは、定かではない。

でも、ルパンとか、ファーブルとか、怪人二十面相とか、自分たちが子どもの頃の学校の図書室にあったような本は、読まないんだな、と納得。

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初めて米原万里を読む

秋の夜長。ではない。月曜の朝、家事が溜まったままなのに、待ちきれず本を読む。日曜に新聞の書評を読み、図書館へ行ったら在庫があった。今日、月曜、家族が出かけた途端に読みふける。

米原万里さんのオリガ・モリソヴナの反語法。米原さんの名前は何となく知っていたけれど、著書に興味を持ったことはなかった。不覚。1990年代から著書を出されているようで、活躍時期に私は育児に振り回されていた。3年前に亡くなったそうだ。残念。

Photo 内容は翻訳物なのに、文章は日本人のもの。ちょっと、私なんかじゃ使わない単語も一つ二つあったけれど、ロシアを熟知する著者の織り成す物語は、日本からロシアを眺めた人の視点ではなく、生で近代ロシアを生きた人物のものであった。

日中の近代史について自分の無知を痛感する今日この頃であるが、ロシアについても、また然り。ソ連崩壊についての情報に、リアルタイムで接していたはずなのに、やはり、ロシア革命以降の血の流れる歴史については、無知であった。歴史に流されもがく、人々の姿を知らなすぎる。

40を越えて、法律の勉強を始めたのに、それだけに集中できない。世の中、知らないことばかりである。子どもの頃は、知らないことばかりで、一体どこから手を付けて良いのか、わからなかった。今は、成績に左右されることなく、知識の吸収に勤めることができる、精神的自由が嬉しい。でも、時間がない。昼になってしまった。洗濯・掃除、現実の仕事もさっさと片付けなければならない。

でも、取り合えず、バタバタしているけれど、私には人生に向き合う時間は、まだ数十年単位で残っているはずだ。夭折した天才には、時間がなかったけれど、凡人は凡人なりに、”今”に取り組みたい。

でも、この本、やっぱり夜に読むべきだった。午前中の活気が付いていく気配を感じながら、読むものではなかった。夜、じっくり泣くのに良い。

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ちょっと前の話題の本といったら「1Q84」?

村上春樹の新作を早速夫が買ってきたのは、出版されて間も無く。でも、夫の読破を待っていたら、夏が終わってしまった。

で、本を譲り受けた後、さっさと読んだ感想。う~ん。村上春樹。典型的村上作品。村上作品にそんなに詳しくはないけれど、まぁ、これは彼の作品そのものでしょう、と思う。大人になれない大人。結ばれない二人(ただし、心理的には可哀相でもなんともない。俗的な恋愛・結婚生活に至らないこそもたらされる愛もある)。異世界への混入。成長。謎の少女。彼女の異界に開かれた耳(その耳は通常、髪に隠れており、しかも美しい)。新興宗教。村上作品のモチーフ大集合。

1Q84 BOOK 1 Book 1Q84 BOOK 1

著者:村上 春樹
販売元:新潮社
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1Q84 BOOK 2 Book 1Q84 BOOK 2

著者:村上 春樹
販売元:新潮社
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大学時代の恩師は村上春樹と同じ大学で同世代。教わった当時の先生に言わせると、大したことのない作家だそうだ。今でもそう思っているかも・・・

でも、熱狂的なファンがいるのは事実。

私としては、村上作品を軽視する恩師の評価もわかるし、支持するファンがいるのも頷ける。まぁ、文学だから、わかりやすくて共鳴できるというのは良いんじゃないだろうか?わかり易いといっても、それなりに社会の世相や音楽や心理学やら恋愛論やら、そこそこ予備知識がなければ読みこなせないし。

こんなことを言ったらファンに怒られるかしら?

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主婦業の合間に読書?勉強の合間に読書?とりあえず3冊。

図書館で労働法の本を借りるついでに、目に留まった本を3冊借りた。3冊とも平易な文章で、一気に読めた。

竹取物語 (角川文庫) Book 竹取物語 (角川文庫)

販売元:角川グループパブリッシング
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星新一さんが何故かぐや姫?と思いつつ読了。物語のはじめの親と源氏物語で語られる「竹取物語」の価値をところどころで解説しながら現代訳してくれていた。

最後、月の世界からお迎えが来ると思っていたが、違っていた。月の向こうの世界から、かぐや姫はやってきたのである。月は、地球へ送るための中継点だった。う~ん、この辺、SF。

江青に妬まれた女―ファーストレディ王光美の人生こちらは、戦後の中国で活躍した劉小奇の婦人、王光美の人生を紹介した伝記物。劉小奇とは、毛沢東の片腕として近代中国を建国した元国家主席。文化大革命で失脚し世を去った。夫人は長く捕らわれの身となり、12年後に開放。中国要人としてひっそりと余生を送っているところを、筆者がインタビューするところから物語りは始まる。
近代から現代にかけての中国史は、複雑。この本は、裕福な家庭に生まれ美貌と教養を備えた王光美という女性を礼賛している。そこで、反する立場にある江青夫人と文化大革命を一方的に非難する偏りはあるが、中国史がわかり易く描かれている。
次、「ひまわり弁護士」(村田信之著 講談社文庫)
鮮やかなひまわりの表紙のこの本、なぜかコピーできなかったのが、残念。弁護士過疎の街に派遣された新人女性弁護士の活躍を描く。
私の今の生活のせいだろうか?新進気鋭の女性弁護士の姿より生活苦に喘ぐ人々に共感してしまった。

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「永遠の仔」

梅雨時の、それこそ今日こそ梅雨本番と言わんばかりの、空がドス黒く、午前中から雷鳴が轟くような日に、天童荒太さんの「永遠の仔」を読了した。人間の弱いところをこれでもか、これでもかと描きながら、最終的には何とか救いを予見できるような、そんな話だった。児童虐待が世の中で騒がれる中、生まれた作品だ。

永遠の仔(5) 永遠の仔(5)

販売元:楽天ブックス
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私の周りでは、不思議なことにママ友と話していると、子どものトラウマとか、児童虐待の影響とかを心配する人は、大体、家庭的に恵まれた人たちばかりである。官僚の奥様とか、商社マンの奥様とか・・・ あなた達の子に限って不幸な子ども時代はありえない、と言いたくなるような人ばかりだった。

でも、現実はどうなのだろうか?

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田辺聖子さんの古典本

昨夜、イライラして全く眠れなかった。

そこで図書館から借りていた本を一気に読んだ。気持ちが落ち着いてゆっくり眠れた。

田辺聖子全集〈16〉蝶花嬉遊図・王朝懶夢譚・短編3 Book 田辺聖子全集〈16〉蝶花嬉遊図・王朝懶夢譚・短編3

著者:田辺 聖子
販売元:集英社
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王朝懶夢譚おうちょうらんむたん)」は、平成4年から6年にかけて別冊文芸春秋に連載されたとのこと。バブル期に田辺聖子さんまでハイテンションになって一気に書き上げたのではないか、と思えるような、スピーディな展開。とても読みやすい。だけど、遊び心のないお堅い読者だったら、現代語で会話をする藤原氏の姫や天狗なんて1ページ読んだだけで受け入れないかも・・・

勿論、私は好きだけど。

舞台は平安。醍醐天皇の時代がモデル。主人公:月冴姫は政略結婚で嫁ぐ予定だった保明親王が夭折したため、まだ3歳の次の東宮が成人するまで 、結婚もせず10年を待たされているという設定。美しく妙齢の姫の元に天狗の子(でも300歳)が現われ、冒険をする平安ファンタジー。

醍醐天皇の時代ということは、現代の女性に人気の安倍清明が活躍する直前だろう。

そして、執筆された平成4~6年というのは、夢枕獏さんの小説「陰陽師」が、岡野玲子さんによって漫画化された頃。丁度、同時期に田辺聖子さんもこの小説を執筆していたらしい。

田辺聖子さんの小説は、子どもの頃から大好き。「文車文庫」を手に取ったのが中学1年位だったと思う。以来、おセイさんの古典物を中心に読んでいる。私もおセイさんのような文学的教養のある女性になりたかったなぁ。

しかも、田辺聖子さん自身、大の宝塚ファンとのこと。もう、私も大好き。「舞え舞え蝸牛」に始まって「源氏物語」など、宝塚でも舞台化されている。自分の作品が宝塚で上演されるなんて、どんな気持ちがするのだろう?

「源氏物語」は、紫の匂える恋というサブタイトルがあったような覚えがある。数ある現代語訳の中で、田辺聖子さんの現代文訳が宝塚では取り入れられていた。源氏は膨大なテーマがある、深い物語なのだが、田辺訳は”業”というものが主題に取り入れられていた。

話は戻るけれど、この王朝懶夢譚は、まさに宝塚の舞台化をイメージして書かれたような、スピーディで賑やかで、ちょっとほろりとさせられる物語。宝塚の2枚目から脇役まで個性豊かに演じられそう。物語の最後のシーンなんて、まさに宝塚のフィナーレ状態。何故、今だの舞台化されないのか不思議なくらいだ。

連載の2~3年前になるだろうか、星組に日向薫(ネッシー)さん、紫苑ゆう(シメ)さん、南風まい(マイマイ)さんが在籍していた。ヒロイン:月冴姫、マイマイさんにぴったり。東国の若者:春季(はるとき)がネッシーさん、貴公子:弾正宮とその弟:悪徳丸をシメさんの二役で。似合っただろうな。今だったら、誰が良いだろう?

イライラした不眠状態から一気に読んで、すっかり夜更かししてしまったが、自分も平安ファンタジーを実体験したかのような楽しい気分になれた一冊だった。

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「思春期をめぐる冒険」

臨床心理士で島根大学教授の岩宮恵子さんの著書を手に取る。

とある日曜の夕暮れ、ふらっと立ち寄った古書店でふと手にとった「思春期をめぐる冒険」。わが子も最近内面の揺らぎが大きく、これから難しい年頃になるなぁと、ぼんやり考えていたときだったので、そのままレジへ向かう。

思春期をめぐる冒険―心理療法と村上春樹の世界 (新潮文庫) Book 思春期をめぐる冒険―心理療法と村上春樹の世界 (新潮文庫)

著者:岩宮 恵子
販売元:新潮社
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宝塚に黒木瞳さんが在籍していた頃のこと、彼女の愛読書が村上春樹と知り、興味を抱いて「カンガルー日和」を読んだ。当時の私は間も無く10代を終わろうとしていたが、何が面白いのかさっぱりわからなかった。それっきり村上春樹氏の著書は手に取っていない。大学時代の恩師が村上春樹について酷評していたことも影響している。

今回、岩宮恵子さんの解説を読んで、初めて村上春樹の小説に心理的世界が深く関わっていることを知った。その後、再び古書店を訪ね、村上春樹の「羊をめぐる冒険」を一読する。今度は、子どもの頃の自分が今一つ、氏の著作を受け入れる気にならなかったことも、人々に指示される訳も、現実と”異界”が関わってこそのストーリーであることもスッと理解できた。

ただ、この「思春期をめぐる冒険」、肝心の思春期の人間の内面を解くところは、ただ頭の痛いばかりである。自分が思春期の只中にある当事者なら、こんなにも心の奥を読み取ってくれるのかと、岩宮氏には深く感謝することだろう。

しかし、今は親の立場である。表面上あどけないわが子達に、見えない深い思考があることは十分に感じ取ることができる。けれど、自分だって心の奥底のわけのわからない感情と一人で格闘していたわけである。自分で悩み、のた打ち回って、解決も見ないまま、大人になってきた。それを今度は親になったからといって、あら大変、わが子は見守ってあげなくちゃ、などとは思えない。苦しい内面の戦いがあることは十分承知で、敢えて突き放すしかできない。それではいけない、と警告を発するようなこの著書は、私にとっては、痛い。

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浅田次郎とめぐる中国の旅を読む

またまた浅田次郎氏の本を読む。この夏はすっかり浅田中国ワールドに染まっている。

「浅田次郎とめぐる中国の旅 『蒼穹の昴』『珍妃の井戸』『中原の虹』の世界 」(講談社刊)。例によって図書館で予約。2週間待ちでゲット。

浅田次郎とめぐる中国の旅 『蒼穹の昴』『珍妃の井戸』『中原の虹』の世界 Book 浅田次郎とめぐる中国の旅 『蒼穹の昴』『珍妃の井戸』『中原の虹』の世界

著者:浅田 次郎
販売元:講談社
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実際に旅行社が企画したツアーが基になっているだけあって、現地の写真は豊富。主な文章は口述スタイル。他にも対談やエッセイなどがあるが、文は短く簡潔。物語に思いを馳せながらページをめくるのは楽しい。が、複雑な物語の上面をなでた感は否めなかった。興味深かったのは、比較文学者である明治大学教授:張競(ちょう・きょう)氏との対談。俗に言う創作上の裏話にも触れている。

また、『蒼穹の昴』『珍妃の井戸』『中原の虹』の登場人物の紹介があり、実在する著名な人物の写真も載っていた。ただ、『中原の虹』:張学良や張景恵はともかく、肝心の張作霖の写真は、他にもあったろうに、と残念。例えば、フリー百科事典『ウィキペディア』に載っている写真の方がまだ良かった。もっとも、これら3作品はあくまで小説。史実を参考に浅田氏が作り上げた世界である。小説の中のイメージとかけ離れているほうが、良いかもしれない。小説と現実を混同しなくてすむ。

しかし、小説は作り物だが、ベースとなる時代背景は、これらの3作品により改めて考えさせられることが多い。今の世界観は欧米の価値観に基づいている。現近代史では、第2次世界大戦における日本は、確実に悪として捉えられている。いわばアジアの侵略者である。現在、韓国・中国に対し、日本はひたすら謝罪する立場に置かれている。けれど、3作品の背後にあるのは、アジアを植民地化しようとする欧米列強の姿であり、瀬戸際で独立を守る中国であり、負けじと勢力を伸ばそうとする日本である。日本が何故無謀なまでの強国化に走ったのかが、透けて見える。自国の独立と文化を守るためには、致し方なかったのではあるまいか。

考えは飛躍するが、欧米が「大航海時代」と呼ぶ15世紀は、東アジアサイドから見れば、侵略から独立を死守する時代の始まりである。宣教師によるキリスト教の布教が植民地支配への最初の一石であることは、今では誰しもが認めるところだ。日本では戦国時代にあたる。海外に目を向け、耶蘇教を容認した織田信長の暗殺だって、単に明智光秀の個人的謀反とは言えなくなる。天草を始めとした非情なまでのキリスト教の取り締まりもしかりである。明治維新から第2次大戦まで、国際情勢がいかに日本に影を落としていたことか、と改めて認識した次第だ。(最も、当時の軍事力の差を考えれば、強制的に武力で介入されていれば、鎖国政策くらいでは植民地化を免れなかったのも事実だが・・・ )

小説の舞台を巡るツアー本でここまで考えを飛ばしてしまうのもどうかと思う。けれど、この半年、手にする本、何気に目を通した本が、近代中国と日本に絡む話が多い。何か因縁じみたものを感じた今日この頃である。極め付けが、先日ある縁で手にした「25被告の表情」(諏訪書房)である。今度は、この本について考えをまとめてみようと思う。

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俳句入門? 茂木健一郎さんと黛まどかさんの「俳句脳」

先日、高校卒業以来初めてのクラス会に出席した。行きの新幹線の中で読んだのが、この「俳句脳」(茂木健一郎、黛まどか)。

脳科学と俳句? 東京駅の新幹線乗り場前にある書店で物珍しさから手に取った。

結果的には、俳句を読むときの科学的な脳の働きが説明されている、などということはなかった。今話題の脳科学者の名前が出ることで、私のように俳句と無関係な人間が手を伸ばすことを意図した俳句入門書だった。

読みやすい平易な言葉で書かれた本。5・7・5という以外に俳句の特徴を知らない人間に興味を持たせるよう、芭蕉など取り付きやすい句の紹介。黛まどかさんの俳句礼賛。そんなところだろうか?

俳句脳 ――発想、ひらめき、美意識 (角川oneテーマ21 A 85) (角川oneテーマ21 A 85) Book 俳句脳 ――発想、ひらめき、美意識 (角川oneテーマ21 A 85) (角川oneテーマ21 A 85)

著者:黛 まどか,茂木 健一郎
販売元:角川グループパブリッシング
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茂木健一郎さんが、自身の研究する「クオリア」と俳句のひらめきの共通点を述べるほかは、脳科学は、蚊帳の外のようである。

でも、そのひらめきと縁遠い生活をしている、のんべんだらりとした私のような主婦は、人生の彩りを取り戻すためには、俳句を読むことを意識した日常を送るのも良いのではないか、という気にしてくれる。

また、俳句とも脳とも関係ないが、俳句を読む上でのバックボーンとして、日本人の生活について述べられている部分がある。押しなべて、現在の生活の批判になっているが、お二人の対談の中で、黛さんが次のように語っている。ごもっとも。

・・・今は、日常の労働も、それに対する考え方も、何もかも変わりました。形式的に残っている地域のお祭りなどは、晴れの日ではなくなってきています。今や日本人には晴が不在です。いえ、贅沢な外食、娯楽など、日々お金を支払って晴れを求めるようになってしまっているのかもしれません。

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ちなみにクラス会は、案の定、みんな綺麗になっていて気後れしてしまった。県立お嬢様高校だったから、元々みんな育ちが良い。バツイチ独身、当たり前。働いている女性は経験の裏づけを持ち、堂々としている。医者や不動産鑑定士、専業主婦となった友人たちのお相手の職業は目を見張るものが多い。独立して店やら教室やらを運営している同級生も珍しくない。

今の40代女性は、芸能人から一般人に至るまで、これまでの日本にいなかった人種であると、つくづく思った。とにかく、エイジレス。すっかり老け込んだ自分を省みたとき、偶々手元にこの本があって良かったとしみじみ思った。私だって俳句の目を持てば、これから輝けるんだからって。

もっとも、実行に移すかどうかは別問題である。帰りの新幹線の中で俳句を吟じ、帰宅後の布団の中でできたのが、下の句。夫と初めてお花見に行ったときのことを詠んだ。折角出かけたのに、春の嵐。花道の提灯も消え、暗いアスファルトに雨が打ちつける。まるで結婚後の生活を暗示していたようなお花見だった。

闇の中 地に打ち付ける 花の雨

・・・私が輝くのは、まだまだ先のようである。というか輝くのだろうか?

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子の居ぬ間に読書

先週、子ども二人がボーイ・スカウト、カブ・スカウトのキャンプに行っていたため、長男が生まれて以来初めて子ども抜きの生活を送った。

たった3泊4日のことだったけれど正直何かが抜けたようで寂しかった。が、今まで12年我慢していた読書三昧の日々も送った。散らかす家族がいない間に掃除をしようと思ったが、体は、むかーしの休日スタイルを勝手に欲していたようである。

で、読んだ本はといえば・・・ 大作でも読めば良いものを、読み易い浅田次郎さんの小説を手に取った。少し前に「中原の虹」を読み、張作霖に惚れ込んでしまい、「中原の虹」の前編と言うべき、「蒼穹の昴」上・下巻と「珍妃の井戸」を一気に読み進めた。

蒼穹の昴〈上〉 Book 蒼穹の昴〈上〉

著者:浅田 次郎
販売元:講談社
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蒼穹の昴〈下〉 Book 蒼穹の昴〈下〉

著者:浅田 次郎
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珍妃の井戸 Book 珍妃の井戸

著者:浅田 次郎
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やはり同時代の日本人作家の小説は、成る程と共感できる場面が多い。よくぞ言ってくれたと膝をたたきたくなるセリフもある。

今、夜10時で、本そのものは子ども部屋の本棚にあって取りにいけない。次男のデシは寝つきが悪いから、布団に入ったらそっとしておかないと何時間ももんどり打っている。ので、本から抜書きはできないのだが・・・

主人公の一人、梁文秀が何度も己に対して自問する場面がある。文秀は、清朝末期の科挙を首位で合格した才人である。が、彼は度々自問する。試験に通るため、莫大な時間と労力を使って勉学に勤めた。しかし、それは時代遅れの儒学であり、それによって現在の社会を正しく読み取ることはできない。また、合格することが目的であるため、国を動かすための理想がない。弱いものを労わる心を失くしている、といった悩みを、文秀は作中何度か吐露している。

今の学生たちにも十分に当てはまる。長男ゴンは小学6年生。彼の友人たちは、今、夏休みを利用した受験勉強の真っ最中である。夏期講習やら合宿やらで今年はとにかく勉強一筋だそうだ。祖父母の顔を見に親の実家へ帰ることすらないそうだ。そんな子どもが一人や二人どころか、同級生の大半である。

彼らに理想はあるのか?たかが12才かそこらで全国テスト何番かを気にしている。上位にいる子はそれこそ何様のつもりか態度まで大きい。近所のおばさんたる私のことを見下しているのが手に取るようにわかる。

彼らは12歳で受験を突破したら、次はどうするのだろう?将来の抱負は?自分が偉くなるためにでも勉強しているのだろうか?

この息詰まる熱帯のような東京で、毎日外で遊ぶ生活を求めるのは、無理がある。そのことを在京10年にして、身にしみて会得した。無邪気に過ごせとは言えない。が、詰め込み勉強で子ども時代を過ごした人間が、将来、経営者となり、官僚となり、社会をリードしていくのだろうか?

この日本が、清朝のように滅びないことを祈る。

というか、これで子どもたちは幸せなのか!

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「中原の虹」

浅田次郎さんの話題作を読んだ。

浅田氏は中国近代の歴史小説に取り組んでいるらしい。この「中原の虹」全4巻もその一群である。

中国の近代史も日本のそれと同じように知っているようで案外知らない。昔映画「ラスト・エンペラー」が大ヒットしたが、奇異で未知の世界が展開される。でも、それは、ほんの1世紀前、というか数十年前の世界が舞台であり、本来なら知らない、で済まされるものではない、重い歴史のはずだ。

地名も人名も歴史の教科書に載っていて、薄ぼんやりとは知っている。その曖昧模糊とした時代を浅田氏は、脚色たっぷりに読んで飽きない筆致で描いている。ただ、小説としては面白いけれど、この物語の内容を史実として勘違いしてはいけない。袁世凱の描き方など、中国からクレームが来ないのかと、心配に成る程、偏っている、と、思う。一市民としては、面白く読んで、物語の世界にどっぷり浸り、その後で、冷静になって中国と日本の近代史を学び直す義務がある。

さて、ここまで、前置きして、史実ではなく、小説の世界に戻ると・・・

張作霖に惚れた。単純に馬賊の男たちは皆格好良い。

でも、がんがん人を殺す。苦しめず一発であっさり殺す。義にかなわぬ相手に容赦ない。人一人の命は、地球より重い、と教えられた戦後育ちの自分には、唖然となる生き方だ。

勿論、人の命を奪うことを肯定するわけではない。けれど日常の悩みをうだうだと引きづる凡人には、こんな悩み、殺されれば、その瞬間に消滅するくだらないものだと思えたのである。

この長編は、満州の辛苦を舐めた男たちが、何億という貧しい人民を救うことこそ天命と、万里の長城を超え、中原を治めようとするその初期の物語であるが、

「我、叫、貧、窮、人」

俺は、心底、骨身の芯まで貧乏人だ。と、馬上で叫ぶ、この張作霖の姿で締めくくられる。それが正にこの物語の中核であるように思える。

中原の虹 第一巻 Book 中原の虹 第一巻

著者:浅田 次郎
販売元:講談社
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「獣の奏者」を読んで…

とある新聞の書評を読んで図書館に予約。2ヶ月待ってやっと手元に届いた「獣の奏者」。

大人も読める児童書ということだったが、確かに内容は子どもが読んでワクワクするようなあらすじだった。しかも、児童書というだけあって読みやすい。時間のない主婦でも上下巻、1週間もかからずに読み終えた。

獣の奏者 I 闘蛇編 Book 獣の奏者 I 闘蛇編

著者:上橋 菜穂子
販売元:講談社
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獣の奏者 II 王獣編 Book 獣の奏者 II 王獣編

著者:上橋 菜穂子
販売元:講談社
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ファンタジー独特の、いつの時代とも設定できぬ架空の王国が舞台。王は王獣という空飛ぶ獣を象徴として王国を治める。戦いを好まぬ純粋な歴代の王を守るため大公は闘蛇(とうだ)という巨大な蛇を慣らし、外敵と戦う。獰猛な闘蛇の唯一の天敵は王獣である。

物語は、闘蛇の世話をする一族の娘、エリンが親を闘蛇に殺され、自らも九死に一生を得たところから始まる。結局、エリンは王獣を世話する医術師となり、王国の分裂から国を守るのである。子どもが読み進めてワクワクするのは、エリンが知性のひらめきを見せながら成長し、王獣の子を慣らし、いつしか言葉を交わし、その背にまたがって飛翔するようになるまでの件だろう。

男の子より、読書好きの女の子が夢中になりそうな物語だった。結局、主人公のエリンは、人間が獣と心を通わせることに限界を感じながらも、最後に一縷の望みを見出したところで終わる。王国の分裂も回避されるので、読後感は良いが、エンリの行く先が平坦な道ではないことを理解するのは、認めたくない子も多いことだろう。

大人が読むにも確かに面白いかもしれない。

でも、やっぱり小学校の高学年の女の子に読ませたいな。本によって空想の世界に導くには最適だと思う。それにもう一つ。ジブリ作品に最適。

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「罪と罰」

昨年、古典作品がちょっとしたブームだった。

たとえば、光文社古典新訳文庫。ちくま日本文学といった名作を集めたシリーズの刊行。たとえば新宿区の夏目漱石生誕140年の記念事業なんてもあった。

で、すぐに影響される私は、早速ドストエフスキーの「罪と罰」を手にした。

が、影響されるのは早くても、読むのは遅い。遅々として進まず、年を越し、1ヶ月以上かかってやっと読み終えた。でも、最後は流し読み。

どこの文庫の帯だったか失念してしまったが、作家の金原ひとみさんは、後半は3日で読み終えてしまったというコピーがあった。私にはできなかった。

高校の頃、産休教員の代行で来ていた若い教師が「罪と罰」を絶賛していた。でも、当時の私はなんと1ページで止めてしまった。トルストイの「アンナ・カレーニナ」も同じだった。と言って、ロシア文学が苦手なわけではなかった。トルストイの「幼年時代」「少年時代」「青年時代」「戦争と平和」は衝撃的で、高校3年間の私の最も大事な本だった。ツルネーゲフも好きだった。

話が逸れてしまった。

罪と罰 (上巻) (新潮文庫) Book 罪と罰 (上巻) (新潮文庫)

著者:工藤 精一郎,ドストエフスキー
販売元:新潮社
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「罪と罰」は、熟読し、丁寧に読み解いていけば、ロシア文学特有の深みのある作品だと思う。心理劇でもあり、推理小説でもあり、構成も見事で、エピソードが一つ一つ互いに絡み合う。文章も無駄なものはなく、一文一文に簡潔に複数の事柄が表現される。

年を重ねてから読めば、若い頃全く読み取れなかった文意が自然とわかるようになるものだが、しかし、今回はお手上げだ。それが証拠にここに感想を述べようとしても、登場人物の固有名詞一つでてこない。

そこをなんとか捻り出すと…

ラスコーニフにソフィア、ラズミーヒン、それに欠かすことが出来ないのが、判事ペトローヴィチといったところか。

友も金もなく狂気と紙一重の苦境の中で、彼固有の思想「選ばれた非凡人は、新たな世の中の成長のためなら、社会道徳を踏み外す権利を持つ」という理論を元に強欲な金貸しの老婆を殺害したのが、ラスコーニコフ。

彼が罪の意識の中で惹かれていく、いや、救いを求めていく娼婦ソフィア。

お人よしというか、自己陶酔型で、彼の罪を察しながらも何かれなくラスコーニコフの世話をするラズミーヒン。

そして物語の終盤からラスコーニコフを追い詰めていくペトローヴィチ。

何とかこれだけ出てきた。

ところが、私が印象に残ったのは、ソフィアの義理の母、カテリーナ・イワーノヴィナだったりする。飲んだ暮れの夫の葬儀の直後、下宿屋のおかみにののしられ、自分やソフィアの身の潔白を証明しようと「真実を求めて」外へ飛び出していくのだが、ああ、私みたい、なんて思ったりして・・・ でも、私は決して落ちぶれたりしない。

学生だったら、Cレベルの感想をダラダラと述べてしまったが、結局、私は「罪と罰」の表面上読むことは出来たが、感銘は受けなかった、ということで、駄文おしまい。

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宋家の三姉妹(意外と知らない近代史)

以前から思っていた。歴史の勉強は、何故人類発生に遡って始めるのだろう?と。アウストラロピテクスやネアンデルタール人よりも、近代史の把握の方が重要なのに、と。

現代・近代の歴史については、客観的検証ができないのだから仕方がないのかもしれない。けれど、1945年に日本は敗戦を迎えたとか、実際に中国に軍を進めた、とか、当時の政権を担当していたのは、どんな人々だったか、とか、日本の経済は国外にも影響を与えていたとか、事実だけでも教えるべきだと思う。それも、学年末の追い立てられる時期ではなく、まだ、幾らかでも向学心が心に燻っている4月に教えるべきだ。近・現代史を踏まえた上で、そうなるまでの過程をたどる形で授業を構築して欲しい。

そんなことを今さら思い返したきっかけが、「宋家の三姉妹」(ー中国を支配した華麗なる一族:角川文庫 伊藤純・伊藤真 著)である。

NHKが戦前・戦後の中国に実在した三姉妹の人生を丹念に取材した番組を書籍化した本である。「一人は金を愛し、一人は権力を愛し、一人は中国を愛した」というフレーズが印象的なノンフィクション。長女は財閥の実力者と結婚し、次女は孫文と、三女は周恩来と結婚したということ自体、ドラマチックというか、作り話めいていて、読む前は本当かと疑ったものである。読後は、成る程、そんな人生の選択もありうる環境だったのだと納得した。

もう何年も前に映画化されビデオも出回っていたけが、当時、私は子育て繁忙期。映画館など行く余裕もなく、レンタルビデオショップに行けば、借りるのは「○○戦隊△△レンジャー」とか、「それいけ!アンパンマン」。「鉄道探検隊」とか「おかあさんといっしょファミリーコンサート」なんかもよく借りたなぁ(遠い目・・・) 視界の端で「宋家の三姉妹」のビデオを捉えてはいたが、観るどころではなかった。

回想はさておき、読後改めて、近代中国史の知識不足を痛感した。「大地の子」も読んではいたけれど、文化大革命も開放も今一つ理解できなかった。孫文の国民党結成から周恩来の登場、国共合作などなんとなく知っていたことを時系列的に頭の中で整理できた。その後、江沢民、毛沢東を中心とした共産党の経過も触れてあるし、子どもの頃、テレビのニュースで聞いた4人組追放まですっと頭の中に入った。(もっとも一晩経つと、それもおぼろげだけど・・・)

第2次世界大戦前後のアメリカ、ソ連、ドイツの利害関係なども中国の視点にたって記述されているので、ああ、そういうことだったのか、と、納得した。が、学校教育における歴史の勉強って、一体なんだったのかと、むなしくもなるのであった。

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古き良き昭和 「小石川の家」

今回は、古き良き時代、戦前の昭和を主な舞台とする“小石川の家”を読んだ。古き時代の情緒、格式、女性にとっては厳しい時代の日常が細やかに描かれていた。作者は言わずと知れた青木玉さん。幸田露伴の孫娘である。祖父が文豪というのは、どんな気がするのだろうか、と、よく想像したものだ。母は、幸田文。溜息が出てくる。

私としては、最も印象に残ったのは、昭和の息吹でもなければ、露伴のことでも、その下で暮らす少女のことでもなかった。幸田文のたくましい生き様である。女流作家であることなど、露とも描写されず、強い母、女性としての日常の姿、戦時中の来し方が描かれていた。娘が書いた自伝的小説だもの、やはり母親の影が強いのは当たり前か。

古き良き時代の品に触れたい時にはお勧めである。自分まで背筋を伸ばさなくてはならないようが感覚になる。

でも、それとは別に、本当に一昔前の女性は大変だったのだなと思う。家事全般こなし、客人をもてなすために料理の腕を振るうなど、私には絶対できない。祖父母のために家族とは別に拵えた夕食を盆に並べ祖父母の部屋まで運ぶのは、子供の頃の私の仕事だった。何事なく、常に祖父母を立て、決して粗野な口をきかない。女の子らしく行儀の良い振る舞いをする。学校から帰ってきたら、母の手伝いをする。それらは私もやってきたことだけど、客人をもてなすための料理、これは無理。料亭で出すように先付けから煮物、焼物その他、最後の果物まで、何皿出すことか!それを自分一人でしつらえるなんて、私にとっては神業だ。普通の主婦が当然のこととして行っていたというのだから、もう、尊敬してしまう。

“小石川の家”の読後の感想としては相応しくないとは思うが、でも、私はこう思う。戦前の女性たちよ、貴女方は偉かった!!

小石川の家(うち) (講談社文庫) Book 小石川の家(うち) (講談社文庫)

著者:青木 玉
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「旧約聖書を知っていますか?」を読んで

最近、頭が良く働かない。単純に読書量が減ったせいかもしれない、と思い、本屋に行った。でも、お金がないので、“ブック オ○”だったりする。ちょっと良心に呵責を覚える。

取り敢えず手にしたのは、阿刀田高さんの「旧約聖書を知っていますか?」。やっぱり、取り掛かりは読み易くて何となく知識がついたような気になれるものが良い。

で、やっぱりスラスラと読めた。イスラエルの歴史や旧約聖書、新約聖書のことは、知っていそうで、意外と知らないことが多い。学生時代にしっかり詰め込んだつもりでも、奥が深い。そうか、そうだったのか、と、知らなかったことが平易な文章で綴られている。やっぱり読書はするものだ。

旧約聖書の構成やイスラエルの歴史の理解に役立ったが、他にもう一つ、発見したことがある。むかーし、むかし、多分高校生位のことだったと思うが、遠藤周作さんの「沈黙」を読んだときに、結局、主題が解らないままだった。宣教師が受難にあって、最後まで、救済のないまま物語は終わった。勧善懲悪の筋立てに慣れている身としては、理解しがたかった。

それが、この「旧約聖書を知っていますか?」の『第10話ヨブは泣き叫ぶ』を読んで、納得がいった。

“現世的な、よい報いを期待して神を敬うようでは駄目なのである。…中略… 報いがどうあれ、神を心に抱いて信ずるという、ただそのことが目的でなくてはいけないらしい。ヨブ記はまことに神学の根本的なテーゼを問うている一巻である”

四十過ぎて解ることも多々ある。文学なんて大抵はそうだと思う。そう言えば、去年、「ドクトル・ジバゴ」を読み返したときも、同じだった。二十歳の頃に読んだときは、正直、何がなにやらわからなかった。文章表現の一つ一つに深い意味が隠されていて、じっくり解読すればきっと大きな意味があるに違いない、とは感じられた。だが、しかし、表層的なことだが、前半の部分では、ジバゴとヒロイン:ラーラの交わりが殆ど描かれてない。ジバゴには奥さんが他にいる。しかも、ジバゴと仲睦まじい。筋立ては、ドクトル・ジバゴの生涯を描いた小説だとしても、これって恋愛小説として成り立つの?と、思っていた。今なら、わかるさ。一緒にいるだけが、愛じゃないのさ。と、今頃思っても、私には、もぅ無意味だったりして…

旧約聖書を知っていますか (新潮文庫) Book 旧約聖書を知っていますか (新潮文庫)

著者:阿刀田 高
販売元:新潮社
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これから買いに行きます。「不動心」

プロ野球オープン戦、始まったようですね。

あまり大衆受けを狙った本は読まないなですが、これから本屋へ行くついでに、松井秀喜選手の著書、「不動心」(新潮新書)を買って来ようかな、と思います。気まぐれで、さっき、ふっと思いついただけですけど…

松井選手って、若い頃は、すごく期待していたけど、最近は好きではないのです。あの、””とか"希望”とか”可能性”といった若者特有の思いをもってメジャーへ行きましたけれど、私は、巨人に残って欲しかった。メジャーで成功することは、松井でなくてもできるけど、巨人の四番打者になって、日本中の親子をワクワクさせることは、松井でしかできなかった!! のに、を渡ってしまった。

親子でヤンキースの試合を見に行ける家族がどれだけいるんだろう?わざわざ、衛星中継で明け方に放送される試合をリアルタイムで見て盛り上がる親子がどれだけいるんだろう?

松井は、メジャーで成功できて本望かもしれないけれど、松井だからこそ日本で果たせる仕事ってあったはずなのに、って、球春が近づくたびに思う野球少年の母なのでした。

松井に限らず、今時の若者はどうして自分の夢やら希望ばかり大事にするんだ?!

自分でしか果たせないこととか、自分に課せられた責任とか、どうして放棄するんだろう?

自分探しも良いけれど、やっぱり、足元も良く見て欲しいと思うのです。

これから野球のニュースが増えるし、今年もまた、ウチの家族も巨人戦を見に行きます。その度に、結構、心の中でくすぶるものがあるので、松井選手の本でも読んで、若者の言い分も覗いてみたい、と思うのでした。

不動心 Book 不動心

著者:松井 秀喜
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堤香苗さんの「おしゃべり力」

昔、こんなCMがあった。とある会社で電話を取り、にこやかにオフィスワークをこなす普通の女の子が、「実は私、社長のイスを狙ってまーす!!」と高らかに宣言し、椅子に座ったまま、事務机の脚を軽く蹴る。椅子ごとコロコロと後方へ滑っていく女の子は満面の笑みで両手を高らかに挙げる、その姿をカメラは真上から写し出す。そんな感じのCMだった。時はバブル、男女雇用機会均等法も施行され、普通の女性が生き生きと輝いていた。

結局、何を宣伝しているCMだったか肝心の内容の方はすっかり忘れているのだが、堤香苗さん著のビジネス書「おしゃべり力(りょく)を読んだ後、ふっと思い出した。実は私も社長ではないが、当然、自分は管理職になるものと思っていた。みーんな、上昇志向の高い時代だった。現在の40歳前後の女性、つまり"昭和37年から43年生まれを中心とした女性たち”を、堤さん、いや、株式会社キャリア・マムの代表取締役、堤香苗氏は“ブイブイ世代”と呼ぶ。そして、そのブイブイ世代の女性達がバブル期に養った潜在能力、分けてもコミュニケーション力を「おしゃべり力」と名づけ、マーケティングに応用する可能性と実例を丹念に説いた書が、この本である。

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今や主婦層の隠れた牽引力となったこの世代の女性達の「おしゃべり力」の有効利用を説くわけだが、説明材料に様々な学説や調査結果のグラフを各所に取り入れている。著者がマーケティング等の地道な勉強を積んでいることも読み取れる。女性万歳、主婦って素敵、などという自己満足には終わっていないので、多くの経営者にも一読して欲しい。

この本に対する感想は、たくさんあるので、これから少しずつブログに載せて行きたいと思う。このブログを訪れてくれる人は、今のところはそんなにはいない。だが、自分の考えと比較検討していくことが、子育てが一段落して「わたしって何?」状態、俗に言う“空の巣症候群”に陥りそうな自分にはとても有効な防止策になる、そんな気がするのである。

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深谷かほるさんの「エデンの東北」

同世代の女性作家では、松本侑子さんのファンであるが、コミックでも大好きな作家がいる。現在集英社のYOUでマンガを連載している深谷かほるさんである。

漫画とあなどるなかれ!個人的には今時の小説よりも漫画の方が奥が深いと思っている。漫画は日本の文化である。

とは、書きつつも、この深谷かほるさんの作品は読みやすく、文化論云々とは別物である。作者の実体験や交友関係が影響を与えていると思われるエピソードが多く、その人柄が偲ばれる。

その深谷ワールドの中でも一押しがこの「エデンの東北」。P1010050_7

すぐ取り出せたのが写真の第10巻であるが、今のところ重版の予定はないので、新品での入手は難しいらしい。お願いです、竹書房さん、もっと店頭に出して下さい!!

さて、個人の要望はさておき、このエデンの東北、文字通り東北地方の片田舎が舞台である。時は昭和40年代、小学生の‘おねえちゃん‘の眼を通し、その家族、親族、学校、地域の人々の笑いとほのぼのとした日常が描かれている。タイプとしては、あの”ちびまるこちゃん”に似たものであるが、デッサン力は美大出身の作家らしく確かなものがあり、所々に美しい四季の自然をページ一杯に描いて印象的である。

10巻ではないが、弟の”あーくん”とおねえちゃんが、力を合わせて裏山の急な傾斜を昇っていくと、視界が開けた途端、山(というより岡?)の頂で、満開の桜の下、いつもはおっかなくて口が悪くて、そして飛び切り美人のおかあさんが、桜に負けないような笑顔いっぱいで、お弁当を広げて待っていてくれるシーンがある。好きだなぁ。文字で十分に表せないのがもどかしい。

P1010052_4 ちなみに、10巻の背表紙はおとうさんと、ペットのしんご。気が優しくてお酒が大好きなおとうさん、こんなおとうさん、今時いないなぁ。それに、ペットのしんご、読むたび”しんご”って、何者?と思うのだけれど、未だにわからない。狸でも犬でも、ハムスターとかでもない。だけど、これがまた良い味出して、笑えるのである。

ここの所、ウチの息子(小4)の同級生の多くは中学受験に本格的に乗り出した。近所の誰それがどこの中学に受かったの、どうのとママ友たちも騒がしい。みんな、子どものことを思って、受験勉強させるのだろうけれど、子どもに本当に必要な環境って何?幸せな子ども時代って必要じゃないの?そんなことも考えさせる一冊である。正直、教育関係者にも読んで欲しい。

私の至らない筆致では説明しきれないけれど、このブログを眼にした方、是非こちらもお勧めします。東北の自然とクスクス笑いと爆笑と、それからほんのちょっとの涙が付いてきます。

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松本侑子さんの「赤毛のアン」

今日は小春日和。うららかな天気に相応しいような内容にしたいと思う。

と、いうことで、「赤毛のアン」について・・・

勿論多くの人が知っている「赤毛のアン」だけれど、日本語訳は村岡花子さんが有名だろう。私も中学以来、村岡訳のアンに夢中でそれこそ生涯の友と思っていた。大人になってからも何かある度読み返して、ささくれだった気持ちを癒していた。

そんなある日、図書館でふと手にした本が  P1010011_8         

この「赤毛のアンの翻訳物語」(松本侑子著、集英社刊)

アンの関連書は時々読むけれど、この本はその中でも傑出している。10代の頃、読む度にときめいたアンの言葉の一つ一つ、情景描写には聖書やシェークスピアを初めとした英米文学の古典的要素がふんだんに盛り込まれていた。作家の松本侑子さんが「赤毛のアン」を翻訳するにあたり、その単語の一つ一つを丁寧に読み解いていく過程が詳しく描かれている。まだ、インターネットが普及していない時代、 当時CD-ROM化されたばかりの文献やパソコンを駆使して、文章の背景を辿っていく著者の姿は、日々の雑事に追われ、向学心やら探究心を忘れかけた自分に、かつて持っていた未来へ対する漠然たる意欲を思い起こさせてくれた。現状に満足せずに、未知の物があれば突き詰めていく、そんな姿勢は子育て中に失っていた。とにかく、その時その時で目の前にあることをこなしていかなければ、赤ん坊は育たないし、自分がやらなければ誰も助けてくれない。充実しているんだか、孤立しているんだかわからないような生活を送っていた私にとって、著者の生活は自分がかつて夢見ていた生き方であり、羨ましくもあり、また、ここで投げやりになってはいけないという活力を与えてくれた。

私事に関連することばかり述べてしまったが、とにかく、新しい「赤毛のアン」を知るためにお勧めしたい一冊である。アンの世界は単たる夢追いがちな少女の成長記録だけではないことがわかると思う。

P1010010 さて、「赤毛のアンの翻訳物語」を読んだ後、手を伸ばしたのは言わずもがな、松本侑子さん訳の「赤毛のアン」

村岡訳が頭に染み付いていたので、当然読み始めは戸惑うが、研究成果の訳注と共に読み進めていくと、そこには深い文学の造詣に裏付けされたアンの世界が広がっていく。村岡訳では省略されていた部分も有り、興味深い。

勿論、村岡訳は未だに私にとっては10代の頃の宝物そのものである。それなのに、異なった訳者でも拒否反応なしで受け入れることができるのは不思議だ。

現在「アンの青春」も松本訳によって出版されているので、アンファンには是非是非一読をお勧めしたい。そして次の「アンの愛情」の出版を心より待ち望んでいる。

赤毛のアンの翻訳物語 Book 赤毛のアンの翻訳物語

著者:松本 侑子,鈴木 康之
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赤毛のアン Book 赤毛のアン

著者:ルーシー・モード モンゴメリ
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