日曜も朝から塾通い

日曜も朝から塾通い。

と言っても我が子ではない。

今朝はボーイスカウトの活動があり、息子は二人共出ている。そこで私も早めに家事を済ませ、今、近所のミスドで一息ついている。
窓から外を眺めると、平日の朝よりはずっと閑散としているのに、足早に通り過ぎていく子ども達の姿が目につく。彼らの行く先を目で追って行くと、そこには準大手の進学塾があった。

来年の中学受験に向けて、新コースが始まる時期だ。また一人、目の前を駆けて行った。

頑張れー!内心でエールを送りながら、彼らの母に思いを馳せる。忙しく家事をこなしているのだろうか?家に残った家族の世話だろうか?

受験以外のことにお金とエネルギーをかけてみたら?と思いつつ、それを実践しついる我が子に明るい未来を用意してやれるか、実は、戸惑っている。

ゴンの仲良しは、多くが中高一貫の私立に進学を決めた。戦い終わり、笑顔が戻ってきた。

なのにゴンは高校受験に向けて発進である。さほど勉強もせず、公立の中高一貫を受験して落ちてから、やる気がでたらしい。

本人の発育状態を考えると、小学生での受験勉強はどうかと思ったのだか、部活と勉強の両立に悩むであろう3年間を考えると可哀想なのも事実だ。親が腑甲斐ないばかりに、中学から私立に通わせることができないという事情もあるので、尚更後ろめたい。

さて、貴重な時間に愚痴ってしまった。勉強を再開しよう。出版社のバイトが面白い。今、大学に納める膨大な図書のデータ入力をさせてもらっているが、4月からは、会社の手伝いをしても良いとのこと。大学事務と出版社の掛け持ちはつらいが、まだまだ好奇心は止まない。そこで、校正の勉強を始めた。

得意なことは何もなく、今更何か始めても、その道で食べていける歳でもなく。社会的地位は何もない。私は何をやっているんだか…

| | コメント (0) | トラックバック (1)

中学受験→高校受験

小6のゴン、生まれて初めて試験なるものを受け、見事玉砕。

可哀相だけど、そもそも早熟なお子さん向けの中学受験に立ち向かったことだけでも拍手!!

が、しかし、さて、これで心置きなく近所の公立中に進学してもらおうと思ったが、まだ気がかりが・・・

かねがねゴンには、「小学生が受験勉強など早すぎる。成長期を迎える中学からで十分」と教えていた。で、本人も高校受験は本気を出して、と乗ってくれていたのだが・・・

だが、だが、やっぱり塾に通わなくてはならないのだろうか?

公立の小学校の指導がお粗末この上ないことは身に沁みた。ということは、中学だって公立では期待できまい・・・塾に通わせて受験対策にのっとった指導を受けた方が良いのかもしれないのだが、

塾は、やっぱり、変!!

ポチャポチャほっぺの12、13の子どもに夜9時までの講義なんて、私には納得できない。高校受験なんて、気合を入れるのは、中3の夏休みからで十分!!それまでは、課題をこなし、コンスタントに模擬試験を受けて自分の立ち居地を明確にしていくだけで十分!

と、思ってしまう。

でも、そんなこと時代遅れであって、また子どもが泣きをみることになりそうで・・・

ああ、みんなどうやって受験をクリアしていったのだろう?

私は気合だけで行けたのに・・・・ 時代が時代だったからだろうけど・・・ 学校の勉強をほったらかして、本を読んでばかりいて、挙句、原因不明の高熱で高3の1ヶ月近くも入院する羽目になったけど、それでも現役国立大進学の線だけは崩さずに済んでいた・・・

ゴンには私の子ども時代よりも勉強に対して協力的な環境にしているので、それで親の役目は十分な気が・・・

でも、それで、高校受験で失敗したら、さすがにポジティブ・ゴンでもいじけるかもしれない・・・

ああ、子どもが遊び呆けて何が悪い!!なんで夜遅くまで外で頑張らなくちゃいけないのだろう・・・

| | コメント (0) | トラックバック (0)

小学校の人手不足

今、次男のデシが人生初めての壁にぶつかり、悪戦苦闘中。

その要因に担任教師あり。

自己主張が強く、保護者から意見をされるとすぐに言い返すその教師は、子どもに向かっても同じ態度らしい。

デシが一時期よく喧嘩をしたが、結局は、相手が意地悪なことを言って、デシを泣かせていたらしい。デシはあまり人から攻撃されることもなく、平和に暮らしてきたので、意地悪に免疫がない。

大泣きして蹴りの一つ、パンチの一つでも繰り出せば、大柄で力のあるデシの前に相手の子はなすすべもない。その場面だけ見ていれば明らかにデシがいじめているように見える。

でも、それでデシを暴力的だと非難する教師は、幼稚園から小3の去年まで、一人もいなかった。だから私も油断していた。

最近、ことある度に泣き出すデシの話から総合するに、今のデシの担任は、喧嘩の場面を見ると、とりもなおさず、喧嘩を止めさせ、デシに暴力はいけないと何度も繰り返すらしい。デシが相手のお子さんに謝っても、反省しているとは認めずに、お説教を続けるようだ。

教師にしてみれば、暴力はいけないのだから、本人の態度が納得のいくまで改まるまで指導していただけなのだろう。

が、デシにしてみれば、始めに悪口を言ってきたのは相手である。自分は初めは何も悪いことはしていないのに、一方的に悪人にされると思い込んでいる。何よりも自分の説明を聞いてもらえないことが悔しくてならないようだ。

勉強ができないから馬鹿にされる。だから勉強ができるようになりたい。そう思い出したらしい。けれど親の目から見ても担任教師の授業は面白くない。授業で一度取り上げたら繰り返しの学習もさせないので、計算力、漢字力もつかない。国語で辞書を引くことなどあるのだろうか?というほど、指導そのものがなっていない。

だからデシは塾に行きたいと言う。どうしたものか。

なによりも私自身、担任教師に噛み付いて信頼関係をなくしているので、デシの学校生活たるや、どうなるか不安でならない。気にいらない親の子が度々泣き叫んでいるのだから、教師のデシに対する評価がどのようになっているか、考えるだけで頭が痛い。

ちなみにその教師、産休教師の代用教員である。今では教師の育児休暇は最大3年とれるそうである。それは結構なことだが、その結果、臨時に教育にあたるはずの代用教員が担任を持つに至っているのである。別に代用教員だから相手を否定する気は当初は全くなかったが、デシを傷付けるほど無神経な対応をされると、他に教師はいなかったのかと恨みたくもなる。

育児休暇3年。それは大変結構なことである。教師にはできるだけ仕事に専念する時間を持って欲しい。子どもも3歳ともなればかなり負担が減る。1歳で保育園に預けるよりも気が落ち着くことだろう。何といっても教師になるような人間は子どもが好きなのだろうから、自分の生んだ子なら尚更そばにいたかろう。

子どもを生んで教職に復帰するには、1年では確かに辛いかもしれない。かといって長すぎるブランクも決して好ましいものではない。3年、あるいは、その間に第2子を生んで、育児休暇が5~6年などもあるかもしれない。その辺りは教師なら自分でコントロールするであろう。

が、問題は、その休暇中の人員補充をどのようにするかだ。その間、代用教員を当てて当座凌ぎをするような、今の教員人事が許せない。

デシの担任がたまたま代用教員であり、対応が好ましいものではないからといって代用教員を全て否定してはならないのは重々承知である。

が、しかし、現在、育児休暇を含め、他にも病気療養等で休職する教師は珍しくはない。中には教育委員会に訴えられ学年途中で担任をはずされる例もある。恒常的に指導に当たるはずの教員が一線から離れることが珍しくない現状において、今の教員の絶対数はあまりに少なすぎる。

教師の質が低すぎるのか?

しわ寄せは副校長始め、一部の有能な教師が引き受けることになる。

デシ程度のトラブルなど、補助をつけるほどのこともないだろう。

が、デシ個人の感情を考えると胸が痛む。

そして受験生でもありながらデシの二の次にされてしまう小6のゴンに対して申し訳なくてならない。

もっとまともな教師をもっともっと正規採用して欲しいと祈るばかりだ。

教育に金をかけない国は滅ぶ。教師の人件費を削る今の世に我慢ができない。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

ゆとり教育と全国統一テスト

毎日新聞 2007115日 東京朝刊より

ゆとり教育を提唱した元文部大臣有馬朗人氏のインタビューがあったので、尤もだと思うところを抜粋しました。

--ゆとり教育を提唱した経緯は。

いくら教えても、成人すると知識が「ざる」のように抜け落ちていくことに気づいたのが、きっかけ。(中略)15歳の時に世界のトップクラスでも、後は落ちるばかり。知識が身に着いていない。詰め込みではない「考える力」を培う必要性を痛感した。

--中教審で授業時間を増やす方針が決まり、ゆとり教育の見直しを訴える声も多い。

(前略)

じっくり本を読んだり実験したりする時間を作り、意欲と思考力を培うのが、ゆとり教育の目的だ。

しかし、言葉が独り歩きして、ゆとりとは宿題を出さないことだと勘違いした教育長もいた、と聞いている。

ゆとり教育が何を目指すのか、現場に説明が行き届かなかったことは、

当時の文相として責任を感じる。また総合学習もいきなり週3時間ではなく週1、2時間から始め、教員へのきめ細かい指導が必要だったと思っている。

********************************

これに反し、もうじき某学習塾グループにより小学生の全国統一学力テストが実施されます。当然、ウチの子は二人とも受けさせません。

歪曲化された「ゆとり教育」によって、子どもの学習時間が大幅に減ったことは認めます。中教審が、小学校の授業時間数の増加を提言したことも正しいと思います。どうせなら土曜授業も復活させ、地域の人々がより参加しやすい学校教育を求めます。

だけど、現状が不安だからといって、教育産業の餌食になることだけは御免こうむります。受験産業においては、常に利潤追求の市場経済が作用していることを忘れてはならないと思うのです。親の不安をいたずらに煽り立てる教育産業が何故このようにはやるのか、理解できません。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

子どもの学力・将来の格差

朝日新聞に子どもの学力に対する有識者の提言が載っていた。

三者の意見に分かれていたが、子育てに四苦八苦している私に共感できる物はなかった。

今、私が懸念していることは、受験熱盛んな大都市で、近い将来スラム街が出現することである。

たとえば、うちの子が通っている小学校では、4年生になると中学受験を視野に入れて塾に通いだす。それが、ステータスであるかのようにこぞって通いだす。5年生にもなれば週2~3回は塾でお弁当を食べ、9時過ぎに帰宅など当たり前である。今日も長男のゴン(5年生)が友達の家に電話をかけると、7時過ぎであるにも拘らず不在だった。先方のお母様から折り返し電話すると伝えられたが、結局、9時過ぎてもかかってこないので、ゴンを寝かせてしまった。9時半に就寝。私にとっては、それでも遅いくらいだが、ゴンの同級生達は、その時間に帰宅するらしい。でも、それが普通であるとみなされている。往々にして努力して勉強していると評価される。

ここで何が問題かと言えば、怪我や盗難など、学校や子どもの間で問題が起こったとき、大抵は、塾に通っていない児童が原因となっていることが多々あることである。すると、教育熱心を自称する家庭は、こぞって「問題を起こすような子と付き合ってはいけない。」と心配する。やはり、選ばれた子どもが通う進学校へ入れなければならないと、焦る。

それに対し、塾に通わなくても皆、いい子だと反論できるかと言えば、難しい。平気で嘘をつく子、友達の持ち物を盗ってしまう子が実在するのである。人として最低限の道徳心を持ち合わせていないのではと思える場合もある。

元気すぎて、友達に怪我をさせたり、つい図に乗って、好き勝手言って、相手を傷つけたり、そんなことは、大人になっても有り得る。往々にして、クラスでいじめっ子と言われる子は元気すぎて自制心が効かない場合が多い。そんな昔ながらのいじめっ子はむしろ微笑ましい。が、道徳心の欠如した子供達は、昔から、こんなにいたんだろうか・・・

息子の友人たちが、熱心に塾に通う姿をみると胸が痛む。こうしてお金も手も掛けられている子がいるかと思えば、道徳的な躾すら受けていない子がいる。中学進学で、この2者は、全く別の世界に入る。このまま道は混じらないのではと思える。

成人してからの経済状態も、きっと開いていくことだろう。はっきり言って、塾にも通わず心身共に健康に育つ子はたくさんいる。気にすることは無いかと思う。でも、子ども時代から一生懸命努力してきた人間が、そうそう大幅に道を踏み外すことはない。私の周りにもたくさんいる。反して、親の協力なしに、下克上のように、自分の意思と実力で這い上がれる人間は、理想的だが、あまり知らない。

中学、高校、大学、就職、この過程の何れかで、身を粉にして努力する時期がなかったら、どうなるのだろう。一度、安定した軌道に乗った人間とそうでない者が混在せず、それぞれの生活圏を持つようになったら・・・

どうなるのだろう・・・

| | コメント (0) | トラックバック (0)