バブル世代に思うこと
今日は厚生年金の勉強。
資格試験の問題を解いては、解説を読み、関連条文を読む繰り返し。
単調だけれど、参考書を読むよりは直に条文に当たる方が理解しやすい。
それにしても、つらつらと思うことは、かつてのバブル期のこと。テレビCMで「職業選択の自由
自由
」なんて歌が楽しげに歌われていた頃のこと。
あの頃、フリーターは格好よかった。働いてお金を貯めて海外へ行き、お金がなくなったらまた帰国して資金を稼ぐ。会社に縛り付けられるお堅い没個性的な人生の否定。企業の一歯車として働くことへの軽い軽蔑。自由を謳歌した時代だった。
でも、あの頃って、社会保障のないことが、後年、どれだけ恐ろしいか、誰も教えてくれなかったように思う。
働いて税金を納めることによって、実は、自分の生活が守られるのだ。と。
納税するということは、国や自治体に稼いだお金を取られ、無駄な公共事業につぎ込まれるばかりではない。と。
税金は役人や土木事業者を潤すだけのものではない。と。
働けなくなくなった老後の生活費。収入の少ない一人親家庭。障害・病気などで医療費や生活費がかかる人々の補助。そのお金は、税金でまかなうという当たり前のこと。
自分にも直接降りかかる。
病院へ行く。薬を貰う。そのお金を実費で払ったらどうなるか?
誰でも自己の瑕疵に関係なく職を失うことがある。新しい職場を見つけるまで生活するお金が必要である。個々人で備えられるか?
いずれは家庭を持つ。子を育てる。収入が安定しないということが、子育てにどれだけのリスクを与えるか?もし、定職を持たないまま子を持てば、最悪、給食費の支払いにだって困るかもしれないって。
今、世の中は、困窮に瀕するばかりだ。社会保障に回す十分な財源がない。
それって、バブルの頃、定職を持たないことを格好いいと勘違いした、私たちのツケ?
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